経済学・経済学説史

○柿埜真吾(2023)『本当に役立つ経済学全史』ビジネス社
【初級。できれば他の経済学説史を読んでから読むといいと思います】
 ツッコミどころ満載の本です。私は労働価値説が崩壊した時点でマルクス経済学を含む古典派経済学は終わり、その価値説の中で展開された議論が新古典派経済学で再議論・再構築されたと思っているので、本書とは少し考え方が違うようです。
 また、貨幣数量説は正しいとしているのですが、物価にGDPデフレーター、長期の期間を10年としてプロットして「はい、正しいでしょ」ってしていますが、これも議論の余地があります。素直に消費者物価指数を使うとどうなるでしょうか?GDPデフレーターより肌感覚に近いと思いますし、長期の期間も10年を使うのもどうかと思います(マーシャルは「長期は永遠に到来しない」と言っています)。
 ほかにも興味深い点がありますので、ぜひ他の学説史を紐解いて本書を読むと楽しめると思います。(2024/08/12)

○伊藤宣広(2023)『ケインズ 危機の時代の実践家』岩波新書
【中級。生きた時代にケインズがどう主張してきたか分かる本】
 「ケインズ」というタイトルの書籍は、どうしても「雇用・利子および貨幣の一般理論」の解説とこれに関する時代背景を中心とするものが多いですが、ケインズ自身は「パンフレットを風に吹き飛ばし」時節に応じた主張することを生業にしていました。本書は一般理論等の主要著作については他書に譲り、ケインズと経済学との出会いからその時期の経済状況に応じて、どのように主張してきたかを解説しています。
 私は「合成の誤謬」についてとても狭い範囲で認識していましたが、この言葉は本書のキーワードのひとつになっています。この「合成の誤謬」を「ゲーム理論」と言い換えたらどうなるだろうと思ってしまいました。
 それでもマーシャルが作った新古典派経済学の枠組みと時代背景を知っておいて本書を読むと楽しめる本だと思いました。(2024/04/15)

○カトリーン・マルサル著、高橋璃子訳(2021)『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』河出書房新社
【中級。主流派経済学の問題点を認識して読むと分かりやすい本】
 この本はR指定しなくていいのか?って思える箇所が少なくとも3箇所あります。主流派経済学(1箇所マルクスも)をフェミニズムの視点から批判しています。タイトルにアダム・スミスが挙げられていますが、ここはマルクスでも、ケインズでも、その他ノーベル賞もらった経済学者(タブン2023年に受賞したゴールディン氏は除く)だったら誰でもいいんです。フリードマンについては検討の余地なしのようです。
 その文章から隠れてしまっていますが、通常の主流派経済学への批判点を独特に表現していて面白いし、フェミニズムの視点からの批判は確かにと頷けるところでもあります。単に家事育児を金銭換算してGDPに反映するのは解決策ではありません。
 キーワードは、「経済人(ホモ・エコノミクス)」です。経済学では、個人は合理的で、完全情報を持ち、機械的に行動することが想定されます。本書では、理性のある「性」としての男性を反映しており、感情の「性」である女性とは異質なものであると主張しています。面白いです。
 そんな「経済人」について一言。男性に「経済人」がどれだけいるだろうか?(2023/12/31)

○小沼宗一(2022)『経済思想史入門ースミスからシュンペーターまで』創成社
【中級。入門という言葉にだまされてはいけない。名前を知っている程度では読めません】
 タイトルだけを見て買った本です。経済学の6人の巨人(マルクスは入っていませんが・・・)の時代背景やその前の思想家への批判からの自説の展開を丁寧に解説しています。ある程度学説史的なバックグラウンドがあると面白さを感じる本です。私は楽しめました。マルサスやケネー、贅沢を言えばハイエクが入っていたらもっと感動したかもしれません。思想とそれが纏う理論という形で解説しているので、後ろに行くほど複雑になりますが、読みやすくなると思います。
 ただ、ケインズのところで、エントロピー論を持ってきているのは唐突感が否めません。普通に環境問題等の外部負経済で説明してもいいと感じました。
 著者による他の文献を読むともっと楽しめるかもしれません。(2022/08/01)

○宇沢弘文(2017)『人間の経済』新潮新書
【初級~中級。個人の経済感が中心。でも結局社会的共通資本の考えに通じてしまう・・・】
 図らずも連続して宇沢さんの著書ですが、宇沢さんが亡くなったのは、2014年なので没後の出版となります。タイトルが『・・・経済』となっており、『・・・経済学』となっていないので、ここではなくて「経済一般」のところで取り上げた方がいいかなぁとも思ったのですが、宇沢経済学の魂が込められていると感じたので、敢えてこちらにしてみました。ですから本書では経済学と言うより経済学の根っこを読むものと考えていいでしょう(思想史でもありません)。
 本書を読むと、私には足りないものがい~っぱいあったことが分かります。数学や理論を振りかざすだけではなく、社会にどう向き合うのか・・・。結果的にどうして戦う経済学者になったのかなど。思考の深さや理論構築の考え方がちょっとだけ見えました。
 最終的には、社会的共通資本の考えに至るのですが、その内容を少しでも、なんとなくでも理解していないとモヤッとした個人史になってしまいます。(2022/07/06)

○宇沢弘文(1977)『近代経済学の再検討ー批判的展望ー』岩波新書
【上級。ミクロ経済学の理解がないと読み解けない】

 さて、戦う経済学者が、新古典派経済学に対してだけファイティングポーズを示した本です。
 下の『経済学の考え方』と重なる部分はあるものの、読む順番は、『考え方』→『再検討』がいいと思われます。
 その理由は2点あります。
 ひとつは、ファイティングポーズを取っているのが新古典派だけなので、そこにフォーカスを当てて読むことができるからです。
 もうひとつは、筆者が主張する「社会的共通資本」の考え方を『考え方』と比較するとより詳細に述べているからです。
 ただ残念な点があって、それはケインズ経済学についての記述で「動学的不均衡理論」を説明しているにも関わらず、「社会的共通資本」のページにでは「動学的不均衡理論」の展開が不十分な点です。この点について著書内でも本書では深く記述できないとし、また、これを越える理論構築は後の研究を待つとしているので更なる研究が待たれるのですが、40年経過したけど新たな進展はあるんだろうか?気になるところです。(2021/12/27)

○宇沢弘文(1989)『経済学の考え方』岩波新書
【上級。ミクロ・マクロ経済学と経済学説史を一通り学習していないと理解できない】

 本書を読んで以下の2点後悔しました。
 1点目は、扉に「・・・平易明快に語る。・・・」とあるが、難しいです。6章までは筆者の考える経済学説史理解が展開されています。必ずしも通説とは限らないことは、あとがきにも書かれています。学説史を語るのではなく、宇沢経済学を構成する経済学理解です。
 2点目は、学生の時に出会えれば人生が変わっていたかもしれないということです。
 戦う経済学者として知られる筆者は、それまで学説理解が中心だった6章までと異なり、7章からはその本性を現します。 基本新古典派経済学とそれを元にする学派(主に戦後アメリカを中心とする経済学)への批判が中心です。その上で、若干今後の展望について語られています。
 私は理論経済学と環境経済学を勉強していたけれども、理解していなかったなぁ~。戦う姿勢を本書で学んでおけば、修士論文で違う展開ができたかもしれません。(2021/12/5)